28歳くらいの頃の話です。当時、私はユニチカ株式会社の岡崎工場で新規ポリエステル繊維の研究開発をしていました。抗菌繊維や消臭繊維、光触媒繊維などをアイディア段階から考え、製造ラインにのせて大量生産する製造条件を決めるまでが、私の仕事でした。
ですが、当時私はとても人生に迷っていました。この仕事をこのまま続けていくべきだろうか。それとももっと違ったことをした方がいいのか。迷いに迷っていたのです。
その時です。当時NHkのEテレで「面白い学問人生」という番組が放送されていました。この番組は大変面白くていろんな学者、特に変わった経歴や研究をしている人を積極的に取り上げて紹介していました。
毎週楽しくみていたのですが、その中でも二人の研究者に強い衝撃を受けました。
一人は現在、国際日本文化研究センター(通称:日文研)で所長をされている井上章一先生です。ベストセラーになった『京都ぎらい』などの著書としても有名ですね。
すでにご存知の方も多いかもしれませんが、この先生はもともと建築を志されておりましたが、そこから文転して、当時はマスコットの研究や二宮金次郎の研究をされていました。
当時、文転などまったく頭になかった私は雷に打たれたように驚きました。こんなことができるんだ。文系に行っても一流の研究者になれる可能性がある。そしてその研究内容も大変ユニークな研究だ。こんなカルチャーショックにも似た経験をしました。今でも井上先生はもっとも尊敬する学者であり、私の目標とする研究者です。
もう一人はお名前を失念したのですが、当時、研究をしながら舞台役者をしておられた先生がいらっしゃいました。この先生にも驚きました。私は勝手に研究者は研究だけに専念しているものだと思い込んでいたからです。研究者でももっと自由にいろんなことをしていいのだ。いやできるんだ。そうしたことをこの先生からは教わりました。後に舞台役者にチャレンジしたのは、この先生の影響が大きかったのです。
この番組を見なければ、私はそのまま会社で働いていたかもしれません。そのくらい大きなインパクトがあった番組でした。とても地味な番組でしたけど・・・。
二年後、私は文転と役者にチャレンジすることになります。
あともう一つ文転するきっかけになった出来事がありますが、それはある一冊の本でした。それについてはまた次回。
今日も読んでくださってありがとうございました。
引き続きよろしくお願いいたします。
2件の返信
先生おはようございます☀😃
テレビ番組が先生の人生を変えたのですね!
昔は良質なテレビ番組が今より多かった気がします。(これも懐かしさから作ってしまったイメージかもしれませんが)
前職も創造的でやりがいのあるお仕事に思われますが、迷われていた理由をもう少しお聞かせいただけませんか。よろしくお願いいたします😊
おはようございます☺️
そうですよね。
創造的な仕事だったと私も思います。
ですが・・・
では、次回はこの続きというか中身について書いてみます☺️
いつもありがとうございます。
引き続きよろしくお願いいたします。